この記事では、ダイナミックプライシングの業界解説として、プロスポーツ業界について、海外の状況や日本の事例を踏まえながら解説していきます。
ダイナミックプライシングについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
目次
ダイナミックプライシングとは
ダイナミックプライシングとは、「高頻度で商品価格を変更させる仕組み」です。主に需給の変動に合わせて価格変更を行うかたちで活用されており、企業の利益最大化や混雑緩和など、多くの価値を発揮しています。
例えば、祝日のホテルや帰省ラッシュ時の航空券の様に、人々の需要が高まった商品や、供給が足りていない商品に対しては、価格を上げて利益を最大化します。また、これが混雑緩和に生かされることもあります。逆に、人々の需要が小さくなった商品や、供給過多な商品に対しては、価格を下げることで、販売数を増やします。
それに加え、競合の価格を監視し、それを元に自社の価格を動かすアプローチや、売れる最大の値段に設定し続けながら商品を売り切るアプローチなど、業界によって多彩な手法が採られます。
スポーツ業界のダイナミックプライシングの現状
近年注目が集まるダイナミックプライシング。実はサッカーのJリーグやプロ野球などのいくつかのスポーツの試合で既に取り入れられ始めています。スポーツチームがチケットの価格を需要に合わせて変動させ、収益と動員数の最大化を図っているのです。
スポーツのチケットの需要は、試合ごとに大きく異なります。その需要はシーズンのはじめに予測できるものではなく、試合が近づくにつれて刻々と変動するものでもあります。例えば、試合当日が雨予報となると、チケットを買いたいと思う人は減ってしまうでしょう。また、リーグが進む中でとある試合が、重要な試合になったら、観に行きたいと思う人は増えるはずです。
ここでスポーツチームの視点になってみましょう。
チームは、全席満員のかたちで観客を動員したいという思いがあります。しかし実際には、上記のように試合ごとに需要に大きな差があり、チケットの販売前に決めた価格のままでは人気の試合にだけ人が集まり、一方で人が集まらない試合も発生してしまいます。
需要に見合わない価格が集客を阻害する。この問題をを解決するために、ダイナミックプライシングが近年導入されるようになったのです。需要が小さくなると見込める試合の値段を安くすることで動員数を増やし、一方で大きくなると見込める試合の値段を高くすることで利益の最大化、および他の試合への観客の誘導を実現できます。
スポーツにおけるダイナミックプライシングは、アメリカでは、2009年にMLBのサンフランシスコ・ジャイアンツが導入したことから各種スポーツチームに広がり、現在はMLB、NBA、NFLといった大きなリーグのほとんどの試合で導入されています。海外では、Digonexという企業が、ダイナミックプライシングの開発では活躍しているようです。
一方日本では、ここ4年ほどで導入が進んでおり、野球やサッカーで取り入れられています。これまで固定価格で提供されてきたチケットの値段が変動することに対しては消費者から疑問の声が上がることもあり、まだ浸透しているとは言い難いですが、やはり収益が10%ほど向上する場合があるため、スポーツ業界全体で注目が集まっています。
ダイナミックプライシングの導入は、楽天のように自社で最適価格を算出する仕組みを開発しているチームもあれば、ソフトバンクのように外部の受託開発企業に委託しているチームもあります。このように外部委託先ができたことも、スポーツ業界でのダイナミックプライシングの盛り上がりにつながっています。
また、スポーツ業界におけるダイナミックプライシング導入の意義は、上記の「収益の最大化」以外にも、「盛り上がりの演出」「転売の防止」が挙げられます。ダイナミックプライシングを通じて、需要の小さかった試合に来場者を多く招くことができれば、会場に賑わいが出て、盛り上がりが演出できます。また、時間による需要の差を利用して儲けようとする転売に対しても、実際の需要の変化に応じて値段を変化させるダイナミックプライシングは防止策になりうると考えられます。
スポーツチケットのダイナミックプライシングの特徴
ダイナミックプライシングでは、時間と共に変化する需要をAIを用いた機械学習で予測し、さらにスタジアムの残り席数という供給(在庫)の状態も加味して、試合ごとのチケットの値段を決定していきます。
スポーツの試合の場合、もちろん値段を引き上げて、人気の試合の利益を最大化することも目的ですが、それ以上に人気のない試合を満席にすることが目的になっていると考えられます。というのも、観客が一人増えることによる費用(変動費)が、観客の入りに関わらない費用(固定費)と比較して非常に少ないうえ、一度観客が会場に入ってしまえば、グッズやフード・ドリンクなどチケット収入以外の収益源を獲得できるため、安くしてでも席を売り切ることが有益なのです。これは航空業界のダイナミックプライシングと似た部分のあるモデルです。
しかし、1980年代に導入を開始した航空業界と違い、スポーツ業界では2009年まで導入されませんでした。この原因は、需要予測の難しさにあると考えられています。需要予測では一般に、過去の繁忙期/閑散期データや天候・曜日などの変数に基づいて見込み需要を推定します。
航空業界の場合、繁忙期・閑散期の時期の明確さや人気航路の変化が激しくない上、需要に影響する変数が少ないため、需要予測が比較的容易です。一方スポーツのチケットの場合、天候やチームの状態、チームの順位など、需要に影響する変数が多いうえ、それぞれの変数は毎年同様のパターンを繰り返すわけではないため、需要予測が困難なのです。しかし近年のAIの発達により、多くの変数を元にした需要予測が可能となったため、導入が盛んになったのでしょう。
スポーツのダイナミックプライシングでは、チケットの販売状況、対戦相手や成績、天候情報、が価格決定の主要な変数となります。これらの時間と共に変動するデータ 及び データに基づく予測と実績のギャップをAIが機械学習していき、学習に基づいてその時点でのチケットの需要を予測をします。需要が高い場合はチケットの値段は上がり、需要が低い場合はチケットの値段は下がります。また、いくつかのチームではAIによる算出だけで価格を決定するのではなく、ルールベースと呼ばれる人間の手による調整も加えています。例えば、AIの価格決定の上限と下限を設定し、機械学習の変数として取り入れていない項目を手動で反映することで、価格決定を最適化させているのです。
スポーツチケットのダイナミックプライシングの導入事例
スポーツチケットで、ダイナミックプライシングは実際に収益増加につながっています。
海外の事例だと、イギリスのサッカーチームで初めてダイナミックプライシングを導入したDerby Countyは、30万ドルを超える収益増加を達成しました。
国内の事例としては、プロ野球の球団であるオリックスの例が挙げられます。試合の当日席の値付けがダイナミックプライシングで実施された結果、実施しなかった試合のうちで条件が実施時と近い試合と比べ、チケットの平均単価が2%安くなったものの、販売数量が17%、チケット収入が14%それぞれ多くなりました。
また、導入している有名サッカーチームとして、横浜Fマリノスが挙げられます。
2018年10月14日の横浜Fマリノス対鹿島アントラーズの試合でもダイナミックプライシングは活用されました。試合の1ヶ月ほど前の時点では、早割価格で安く販売していました。その後通常価格として、それよりも高い値段で販売していました。しかし、その後、そのリーグでの横浜Fマリノスの優勝が見えていたため、需要が高まっていると判断され価格が急騰しました。その結果、利益が増加し、チームの収益は拡大しました。
スポーツ業界におけるダイナミックプライシングの今後の展望
スポーツの試合では、これまでにも席によって値段が違うなど、価格が同じ試合でも異なることに顧客の慣れが一定あるものの、時間によって価格が変動するダイナミックプライシングは、まだ日本では浸透しきっておらず、不信感を抱く顧客もいるようです。そのため、短期的な収益増加につながっても、長期的に顧客離れにつながってしまうリスクもあります。たしかに消費者の感覚として、私も高い値段で買ったチケットが、あとで値下げされたら少し損した気分になってしまうでしょう。
そのため、顧客の心理にも配慮しながら導入することが重要です。例えば、導入理由と、価格の変動要因を顧客に真摯に伝え、理解してもらうことがそのためにできることとして挙げられます。特にスポーツチームの場合、増えた収益がチームの強化に繋がるという、納得感のある説明がしやすいため、顧客の納得感は比較的得やすいのではないでしょうか。
ダイナミックプライシングは、スポーツチームの収益を最大化し、それをもとにチームの強化に投資することができる有用な手段です。これからも顧客満足度を下げない形での導入が期待されますね!
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ダイナミックプライシングとは、「高頻度で商品価格を変更させる仕組み」です。主に需給の変動に合わせて価格変更を行うかたちで活用されており、企業の利益最大化や混雑緩和など、多くの価値を発揮しています。
例えば、祝日のホテルや帰省ラッシュ時の航空券の様に、人々の需要が高まった商品や、供給が足りていない商品に対しては、価格を上げて利益を最大化します。また、これが混雑緩和に生かされることもあります。逆に、人々の需要が小さくなった商品や、供給過多な商品に対しては、価格を下げることで、販売数を増やします。
それに加え、競合の価格を監視し、それを元に自社の価格を動かすアプローチや、売れる最大の値段に設定し続けながら商品を売り切るアプローチなど、業界によって多彩な手法が採られます。
スポーツ業界のダイナミックプライシングの現状
近年注目が集まるダイナミックプライシング。実はサッカーのJリーグやプロ野球などのいくつかのスポーツの試合で既に取り入れられ始めています。スポーツチームがチケットの価格を需要に合わせて変動させ、収益と動員数の最大化を図っているのです。
スポーツのチケットの需要は、試合ごとに大きく異なります。その需要はシーズンのはじめに予測できるものではなく、試合が近づくにつれて刻々と変動するものでもあります。例えば、試合当日が雨予報となると、チケットを買いたいと思う人は減ってしまうでしょう。また、リーグが進む中でとある試合が、重要な試合になったら、観に行きたいと思う人は増えるはずです。
ここでスポーツチームの視点になってみましょう。
チームは、全席満員のかたちで観客を動員したいという思いがあります。しかし実際には、上記のように試合ごとに需要に大きな差があり、チケットの販売前に決めた価格のままでは人気の試合にだけ人が集まり、一方で人が集まらない試合も発生してしまいます。
需要に見合わない価格が集客を阻害する。この問題をを解決するために、ダイナミックプライシングが近年導入されるようになったのです。需要が小さくなると見込める試合の値段を安くすることで動員数を増やし、一方で大きくなると見込める試合の値段を高くすることで利益の最大化、および他の試合への観客の誘導を実現できます。
スポーツにおけるダイナミックプライシングは、アメリカでは、2009年にMLBのサンフランシスコ・ジャイアンツが導入したことから各種スポーツチームに広がり、現在はMLB、NBA、NFLといった大きなリーグのほとんどの試合で導入されています。海外では、Digonexという企業が、ダイナミックプライシングの開発では活躍しているようです。
一方日本では、ここ4年ほどで導入が進んでおり、野球やサッカーで取り入れられています。これまで固定価格で提供されてきたチケットの値段が変動することに対しては消費者から疑問の声が上がることもあり、まだ浸透しているとは言い難いですが、やはり収益が10%ほど向上する場合があるため、スポーツ業界全体で注目が集まっています。
ダイナミックプライシングの導入は、楽天のように自社で最適価格を算出する仕組みを開発しているチームもあれば、ソフトバンクのように外部の受託開発企業に委託しているチームもあります。このように外部委託先ができたことも、スポーツ業界でのダイナミックプライシングの盛り上がりにつながっています。
また、スポーツ業界におけるダイナミックプライシング導入の意義は、上記の「収益の最大化」以外にも、「盛り上がりの演出」「転売の防止」が挙げられます。ダイナミックプライシングを通じて、需要の小さかった試合に来場者を多く招くことができれば、会場に賑わいが出て、盛り上がりが演出できます。また、時間による需要の差を利用して儲けようとする転売に対しても、実際の需要の変化に応じて値段を変化させるダイナミックプライシングは防止策になりうると考えられます。
スポーツチケットのダイナミックプライシングの特徴
ダイナミックプライシングでは、時間と共に変化する需要をAIを用いた機械学習で予測し、さらにスタジアムの残り席数という供給(在庫)の状態も加味して、試合ごとのチケットの値段を決定していきます。
スポーツの試合の場合、もちろん値段を引き上げて、人気の試合の利益を最大化することも目的ですが、それ以上に人気のない試合を満席にすることが目的になっていると考えられます。というのも、観客が一人増えることによる費用(変動費)が、観客の入りに関わらない費用(固定費)と比較して非常に少ないうえ、一度観客が会場に入ってしまえば、グッズやフード・ドリンクなどチケット収入以外の収益源を獲得できるため、安くしてでも席を売り切ることが有益なのです。これは航空業界のダイナミックプライシングと似た部分のあるモデルです。
しかし、1980年代に導入を開始した航空業界と違い、スポーツ業界では2009年まで導入されませんでした。この原因は、需要予測の難しさにあると考えられています。需要予測では一般に、過去の繁忙期/閑散期データや天候・曜日などの変数に基づいて見込み需要を推定します。
航空業界の場合、繁忙期・閑散期の時期の明確さや人気航路の変化が激しくない上、需要に影響する変数が少ないため、需要予測が比較的容易です。一方スポーツのチケットの場合、天候やチームの状態、チームの順位など、需要に影響する変数が多いうえ、それぞれの変数は毎年同様のパターンを繰り返すわけではないため、需要予測が困難なのです。しかし近年のAIの発達により、多くの変数を元にした需要予測が可能となったため、導入が盛んになったのでしょう。
スポーツのダイナミックプライシングでは、チケットの販売状況、対戦相手や成績、天候情報、が価格決定の主要な変数となります。これらの時間と共に変動するデータ 及び データに基づく予測と実績のギャップをAIが機械学習していき、学習に基づいてその時点でのチケットの需要を予測をします。需要が高い場合はチケットの値段は上がり、需要が低い場合はチケットの値段は下がります。また、いくつかのチームではAIによる算出だけで価格を決定するのではなく、ルールベースと呼ばれる人間の手による調整も加えています。例えば、AIの価格決定の上限と下限を設定し、機械学習の変数として取り入れていない項目を手動で反映することで、価格決定を最適化させているのです。
スポーツチケットのダイナミックプライシングの導入事例
スポーツチケットで、ダイナミックプライシングは実際に収益増加につながっています。
海外の事例だと、イギリスのサッカーチームで初めてダイナミックプライシングを導入したDerby Countyは、30万ドルを超える収益増加を達成しました。
国内の事例としては、プロ野球の球団であるオリックスの例が挙げられます。試合の当日席の値付けがダイナミックプライシングで実施された結果、実施しなかった試合のうちで条件が実施時と近い試合と比べ、チケットの平均単価が2%安くなったものの、販売数量が17%、チケット収入が14%それぞれ多くなりました。
また、導入している有名サッカーチームとして、横浜Fマリノスが挙げられます。
2018年10月14日の横浜Fマリノス対鹿島アントラーズの試合でもダイナミックプライシングは活用されました。試合の1ヶ月ほど前の時点では、早割価格で安く販売していました。その後通常価格として、それよりも高い値段で販売していました。しかし、その後、そのリーグでの横浜Fマリノスの優勝が見えていたため、需要が高まっていると判断され価格が急騰しました。その結果、利益が増加し、チームの収益は拡大しました。
スポーツ業界におけるダイナミックプライシングの今後の展望
スポーツの試合では、これまでにも席によって値段が違うなど、価格が同じ試合でも異なることに顧客の慣れが一定あるものの、時間によって価格が変動するダイナミックプライシングは、まだ日本では浸透しきっておらず、不信感を抱く顧客もいるようです。そのため、短期的な収益増加につながっても、長期的に顧客離れにつながってしまうリスクもあります。たしかに消費者の感覚として、私も高い値段で買ったチケットが、あとで値下げされたら少し損した気分になってしまうでしょう。
そのため、顧客の心理にも配慮しながら導入することが重要です。例えば、導入理由と、価格の変動要因を顧客に真摯に伝え、理解してもらうことがそのためにできることとして挙げられます。特にスポーツチームの場合、増えた収益がチームの強化に繋がるという、納得感のある説明がしやすいため、顧客の納得感は比較的得やすいのではないでしょうか。
ダイナミックプライシングは、スポーツチームの収益を最大化し、それをもとにチームの強化に投資することができる有用な手段です。これからも顧客満足度を下げない形での導入が期待されますね!
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