SaaSスタートアップのプライシング戦略|シード・アーリー・ミドル・レイター【段階別】
2021/04/09 (更新日:2022/03/15)
2021/04/09 (更新日:2022/03/15)
これだけサイエンスがされているSaaSの中でもプライシングはアートの要素が多く、確立された方法論がないため、色んな起業家とディスカッションしてて多くの方が頭を悩ませることが多いと感じる。
今回はシード・アーリー、ミドル、レイターと段階ごとにどのようにプライシングに取り組むべきかという実践的な内容をまとめてみた。
目次
SaaSビジネスに関する国内外の情報を探すと、The Modelなどの顧客獲得やリテンション関連のものが多い。実際、SaaSのグロースに関するネット上の記事量は次のとおりだ。
①新規獲得 >> ③リテンション > ②プライシング
しかしそれぞれ1%改善した際の収益へのインパクトを見ると、次のような順番になる。
②プライシング > ③リテンション > ①新規獲得
価格設定によるマネタイズを1%向上させると利益率は12%も改善する。これはリテンションの約2倍、顧客獲得の約4倍の利益率改善効果があるという数字だ。
(プライシングは顧客獲得、リテンションの両方に利く要素なのである意味自然かもしれない)
また、ユニットエコノミクス(LTV / CAC)への影響を見ると、特に価格改定を行わない企業は1.68、毎年レビューする企業は3.23、常に最適化に取り組む企業は11.09と大きな差が生まれることから、プライシングの重要性は明白である。(注:ARR$5M以上の米国SaaS企業を対象とした調査)
SaaSには様々なプライシングモデルがあるが、Pacific Crestの調査によると、最も使われているのは席数/ユーザー数ベースで、約1/3を占める。使用量、機能、従業員数などがその後に続く。
席数ベースの課金は、人数が増えるほどそのプロダクトの提供価値が上がるCRM(Salesforce)やコラボ(Slack)、ヘルプデスク(Zendesk)のソフトウェアなどに合う。
また、分かりやすく予算が立てやすいため、多くのSaaS企業で使用されている。一方で、プロダクトの提供価値に結びついていないと顧客がアップセルせず、チャーンが高くなるケースも多い。他の競合プレイヤーが席数ベースだから…という理由でプライシングモデルを作るのはダイレクトに事業の成長を妨げる可能性がある。
では、どのようにプロダクトの提供価値に合ったプライシングを見つければよいかについて以降の章で触れたい。
英語のプライシングに関するコンテンツを見ていると、度々出てくる企業の名前がある。
Wistiaという企業を対象とした動画ホスティングと、計測が出来るマーケティングプラットフォームを提供するSaaS企業だ。
彼らの料金ページが賞賛されている理由は、価値指標(Value Metric)というプライシングにおいて非常に重要なコンセプトを体現しているから。
価値指標とは、簡単に言うと「顧客は何に対して価値を感じて費用を支払うのか」ということだ。Wistiaの場合はホストされた動画数と動画が使う容量の2つが価値指標となっている。
価値指標の本質は自社のMRRの成長が顧客の成長に結びつくようなプライシングモデルを作れているかにある。その結びつきの有無によってチャーン低下、アップセルによるARPUの向上などユニットエコノミクスの因数に大きく影響を与える。
もしWistiaが上記のような動画数と容量ではなく、~100人=SMBプラン、100~1000人=Midmarket、1000人~=Enterpriseというように、従業員数でプランが決まっていたとしよう。
その場合、例えばディズニーのような動画数が多い顧客と、GEのようなB2Bの重厚長大型で動画数が比較的少ない顧客とでは、ディズニーの方がサービスの価値を100倍以上感じるはずだが、両社ともEnterprise向けの同じ価格を払うことになり、Wistiaはその差を収益の大きさに結び付けられない。
この価値指標が何かは、事業のフェーズによって変わったりして、どのフェーズでも重要になるため、詳しく見ていく。
シード期の企業はすでに規模の大きくなっている企業のように既存顧客のデータをもとにプライシングを行えない。プロダクトをローンチしたばかり、またはローンチできるかどうかという時期のため、価格設定に割く時間は最小限に抑えながらも、次のような複数の切り口からデータを集め、意思決定を行えると良いだろう。
まずは手っ取り早く業界の中でも競合となるような企業がどれくらいの価格帯でサービスを提供しているかを見よう。同業界でもターゲットの企業規模によっても契約額のレンジは違ってくるので注意したい。ボクシルのようなSaaS比較サイトを見るのは一つの良い方法でもある。
製造業の世界で一般的に取り入れられているモデル。1製品にかかる変動費と固定費を計算した上で、損益分岐点を超える一定のマージンを加算する方法。
プロダクトの価値を市場調査によって測り、プライシングに反映するモデル。市場調査の手法は主に2種類。
(1)インタビュー形式の定性調査(ターゲットとする顧客数が少ない場合)
(2)アンケート形式の定量調査(数が多いSMBや幅広いセグメントがターゲットになる場合)
どちらの方法でも内容は価格自体よりもニーズや何を価値と感じるのかについて焦点を当てるのがポイント。
(1)インタビュー形式の場合
1:1が基本。最初に顧客からプロダクトへのフィードバックをもらう。後半で具体的にお得(≒安い)と感じる価格と、躊躇する(≒高い)と感じる価格について聞き、当初想定していたレンジと比較してその差分が何から生まれているものなのかの分析をするのが良い。
(2)アンケート形式の場合
こちらは様々な質問内容がある。よくあるのは、たくさんのプロダクト機能を羅列して10点満点などの点数ベースで欲しい機能を答える質問があるが、基本的に人は全部必要と答えるため、どれが顧客が価値を感じる部分なのかは分からない。
代わりに以下のような「価格体系に用いる指標として最も好ましい/好ましくない機能はどれか?」という質問の方が最終的に価値指標を知ることができるだろう。
バリューベースプライシングに関する詳しい解説は、次の記事も参考にしてほしい。
十分な回答数を得たところで、機能ごとに「最も好ましいと回答された回数-最も好ましくないと回答された回数」を計算し、それぞれのスコアを出すと、どの機能がないと困って、どれがなくても生きていけるのかを知ることができる。そして一番スコアが高かった項目は価値指標として使える可能性が高い。
このEメールプラットフォームの例だと「送ったEメールの本数」がトップのスコアであり、価値指標になりえる。そして「連絡先の数」が次点だが、先述のWistiaのように2つ価値指標を設けるのもいいかもしれない。
ミドル期になるとプロダクトのMVPは完成していて、誰が顧客なのかといったデータは揃ってくる。シード期に一旦置いていた価格をリ・デザインし、既存・潜在顧客がフェアと感じるプライシングを「パッケージ」として完成させる必要がある。
パッケージが正しくできれば営業チームは異なる顧客セグメントのニーズに応えられるようになり、プロダクトチームは新しい機能への投資の優先順位を付けられるようになる。
パッケージのタイプとしてはここで4種類を紹介する。
(1)All-in Bundling:全てのプランをまとめる(バンドル)するタイプ。プロダクトのラインアップの幅はあるが、それぞれの深さはそこまでない場合に有効。(例:Microsoft Office)
(2)Category Bundling:特定の顧客にとって機能性が備わっていたり、領域ごとに異なる競合がいる場合、All-in Bundlingは意味がなくなるため、カテゴリー別のプランを出すタイプ。(例:Salesforce)
(3)Use Case Bundling:プラットフォームビジネスで法人/個人、供給側/需要側といった対象ごとにプロダクトの使われ方・購買意欲が違うタイプ。(例:LinkedIn)
(4)Good / Better / Best:いわゆる松竹梅タイプ。どんなプロダクトの成熟度合いであっても幅広い潜在顧客にリーチできる。(例:Slack)
最後のGood / Better / Bestは一番ポピュラーでありながら奥が深い。それぞれの機能やサービスの価値と顧客セグメントによってその価値がどう変わるかを考える必要がある。
Simon-Kucher & Partners(プライシング分野でのリーディングカンパニーとされるコンサル会社)のマックメニューの”Leader”, “Filler”, “Bundle Killer”の例えが分かりやすい。
Leader / Filler / Bundle Killer のカテゴリー分けを顧客セグメントごとに整理しておくのはとても重要。特にSMB、Midmarket、Enterpriseの企業を対象とするサービスは特にそうだ。SSOやインテグレーション機能、高度なセキュリティ機能は大企業の全社導入には必須かもしれないが、基本的な機能で十分な零細企業にとってはBundle Killerになりえる。
初期は限られたセグメントを対象にしているとシンプルで良かった価格設定も、裾野が広がってくる段階になるとこうしたパッケージの見せ方を気を付ける必要があるだろう。
レイターステージまでくると、プロダクトラインは拡大していて、より広い顧客ベースにサービスを提供しており、事業としての複雑性は増している。その複雑さを適切に整理し、オンライン上での顧客への見せ方をどうするかによってレイターになっても成長速度を上げることが可能になる。
パッケージと価格プランのデザインの最適化のために心がけるべきことやテクニックをここでは紹介する。
先述したWistiaの料金ページは常に変わり続けている。実はこちらのメニューは2年以上前のもので、動画数と容量を価値指標にしていて、プランも6つあった。
直近のプランは3つにまとめられており、価値指標も容量はなくなって動画数のみになっている。このような継続的な改善はマーケやセールスだけでなく、プライシングでも非常に重要な要素。
上記のように価値指標の数を減らしたり、逆に増やしたりする判断はどのように行えばいいのか?一つは、ペルソナごとに価値指標を考えることだ。
例えばCFOと営業マネージャーという複数のペルソナが考えられる場合、それぞれ何を価値を感じるのか?CFOは複雑な業務をなるべくユーザーの手が入らなくとも遂行できるのが理想であるなら、トランザクション数が価値指標になる。
一方で、営業マネージャーはチームのメンバーが上げる見積もりの標準化と効率化がしたいならば、ユーザー数が適しているだろう。
このようにペルソナごとの価値指標が異なると分かれば増やしたり、実は同じだった・複雑になってユーザーにとって分かりにくくなったと感じたら減らすというPPF(=プライシング・ペルソナ・フィット)を重ねていくことになる。
料金ページは購入者を説得する難しい課題を与えられている、ある意味トップパフォーマーの営業人材のようなものだ。説得材料を少しでも与えるために既存顧客の熱量を可視化するのは一つの手。SlackはWall of Loveというユーザーのツイート集が価格プランの下に流れるという見せ方をしている。
こうした「購入」や「営業担当者に問い合わせる」のボタンを押すのをためらう人の不安感を取り除くUIを考えるのもいいかもしれない。
この段階までくると、アンカリング効果やおとりプラン、イチキュッパ効果などの心理テクニックを使うのもありだろう。
事業が大きくなるとマーケ、インサイド/フィールドセールス、CSなどそれぞれの部署ができ、The Modelに代表されるような分業体制が敷かれる。しかし、プライシングを担当する部署は決まってないことが多い。
OpenViewの調査によると次のようなデータがある。
ではプライシングは経営層が気にしていないのかというと、そんなことはない。実は2/3以上の会社でCEOが結局オーナーになっている。重要性が高いトピックにもかかわらず、データを扱う担当者がいない中で直感に頼ったアドホックな意思決定を行っているというのが現状かもしれない。
必ずチームを作らなければならないというわけではなく、プライシング担当者を置くとすれば、営業、プロダクト、マーケ、ファイナンス、オペレーションのどれかに所属する存在になることが多いようだ。
(この記事は、STRIVE 四方 智之氏のnoteエントリを再構成して転載しています)
この記事では、SaaS企業が取るべきプライシング戦略をシード・アーリー、ミドル、レイターと段階別に解説しました。
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