ここ1年、日本国内ではSaaS企業におけるプライシングの決定手法としてEVC Analysisが流行しています。筆者も、日々SaaS企業の経営者とプライシングについてディスカッションしていますが、EVC Analysisを実施している・検討している企業の割合が日に日に大きくなっているのを感じます。
本記事では、EVC Analysisとはそもそも何なのか、どうやって実施するのかについて解説していきたいと思います。
EVC(Economic Value to the Customer)とは
EVCとは、Economic Value to the Customerの略称で、競合商品にはない要素を持つ商品に対し、その要素の価値を勘案した上で、販売する商品の価格決めをするための指標を指します。価格付けの際には、EVCから数%割り引いた値を販売価格とします。
そのため、競合商品にはない要素を持つ商品に対し、有効な値付けの手法となります。
EVCを求める方法は二つあります。
EVCを求める方法①
方法①では、価格付けの際に参照にする競合商品(以下、参照商品)の価格に、販売しようとしている商品(以下、販売商品)の参照商品に対する追加的な価値を足すことでEVCを求めていきます。
プロセスは以下の4つです。
Step 1 付加価値の認識
参照商品にはない販売商品の要素のうち、顧客が長所あるいは短所だと認識する要素を列挙していきます。参照商品を使用する場合にはかかっていたコストを削減する要素、あるいはかかっていなかったコストがかかるようにする要素を列挙する方法もあります。
Step 2 付加価値の価格付け
Step 1で認識した要素について金銭的な価値を割り当て、その総和をTAV(total additional value)とします。
例: 現在販売しようとしている自動車の燃費は参照商品よりもよく(Step1で認識した付加価値)、その価値に割り当てる金銭的な価値は50万円だと見込んでいる。また、販売商品には参照商品にはない事故を防止する機能があり、その価値に割り当てる価値は30万円だと見込んでいる。この場合、TAVは80万円になる。
Step 3 EVCの算出
参照価格とTAVの総和をとってEVCを算出します。これが顧客が払える最大の価格になります。
例:TAVが80万円、参照商品の価格が300万円である時、EVCは380万円になる。
Step 4 販売価格の決定
TAVのある割合を割り引いて販売価格を決定します。この割引は、既存商品から販売商品に乗り換える際に顧客が認識するリスクを勘案したものになります。
例:今TAV80万円のうち30%を割引くとする。この場合、EVC(=380万円)からTAVの30%(80万円×30%=24万円)を差し引いた金額(=356万円)を販売価格とする。
整理すると以下の通りです。
参考までに、計算式もご紹介します。方法①の繰り返しになりますので、お急ぎの方は、方法②へお進みください。
EVCを求める方法②
方法①の場合、EVCは参照価格に合計追加価値を足したものと定義されますが、参照商品を利用する上でかかるトータルコストから販売商品を利用する上でかかる価格以外のコストを引き、参照商品に対する販売商品の利点を足して求める方法もあります。ただし、この方法で求まるEVCは、方法①のものと同じです。以下ではこの方法を説明します。
どれだけ割り引くべきか
EVCによって製品の価格を決定する方法を説明しましたが、実はEVCからどれだけ割引くかを考えることが非常に難易度が高いです。実際、筆者も、EVCはできたけど、価格は決められなかったというご相談を受けてます。
そもそも割引をする理由は、顧客が既に使っている製品から乗り換えるのをリスクに感じるため、その分を割り引いて埋め合わせをするためです。つまり、顧客が製品を信頼していればしているほど割引は少なくて済みますし、顧客が製品を信頼しているほど値段を変化させても販売量は減りにくくなります(=価格感度が低い)。この顧客の価格感度は、EVCで求めることができません。
そういった背景もあり、EVC Analysisは最終的にはアート的なプライシング決定手法といえるでしょう。
そこで本記事では、顧客の価格感度の高さの基準になる心理学的な指標を紹介します。
心理学的な指標
- ブランド性
製品にブランド性があれば、価格が高くても顧客はプレミア価格なのだと認識するため、より高い価格で販売することができます。 例えば、ナイキは他のスポーツシューズよりも高い値段で販売することができます。
- 競合商品の数
顧客が認識できる競合商品が多ければ多いほど、商品どうしの価格を比較してどの商品を購入するか決定できるため、顧客の価格感度は高まります。裏返せば、顧客に競合商品との価格比較すをさせないようにできれば、より高い価格で販売することができます。例えば、一つの商品のみを提示して、今だけなら安く購入できると宣伝すれば、競合製品と値段を比較することを妨げられます。
- 複雑性
競合製品との比較が可能な場合、商品の機能を難しく説明することで、競合製品との値段の違いがどのような機能に反映されているかわかりにくくし、競合商品との単純な比較がしにくくなります。また、説明の際も他の商品の説明と違う用語を使うことでも単純な比較がしにくくなります。
- 顧客のモチベーション
顧客が商品を購入するモチベーションが高いほど、顧客の価格感度は低く、より高い価格で販売することができます。
- 購入環境
商品の購入環境(ショッピングセンターやサイト)の質が高ければ高いほど、また、顧客サービスの質が高いほど、顧客の価格感度は低くなります。
- 価格表示
価格表示を小さくすることによって、顧客の価格感度は低くなります。また、体験版を使用することができることによっても、高い価格を提示した時の顧客の価格感度の高まりを抑制することができます。
- コスト総額との関係
顧客が製品を他の商品と同時に購入するとき、同じ価格であっても同時に購入する商品の価格が高ければ高いほど、顧客の価格感度は低くなります。例えば、旅行中は観光施設の入場料が高くてもそれほど高く感じません。
- リスクの高さ
保険に加入していたり製品保証があったりする場合の方が、顧客の価格感度は低くなります。
- 高品質への期待
弁護士費用やホテル料金など、価格が高いほどその製品(サービス)の質が高いだろうと思うような場合、顧客の価格感度は低くなります。
<本記事の参考文献>
“Principles of Pricing: An Analytical Approach”
“Value-Based Strategies for Industrial Products”
まとめ
本記事では、EVC Analysisを活用したプライシングの決定手法について解説しました。EVCは、容易に「顧客が払える最大の価格」を特定することができる一方で、そこからいくら値引きすればいいのかを理解するのが難しいのが特徴です。
そういった弱点も考慮し、自社に適したプライシングの決定手法を選択することが求められるでしょう。
プライシングによって皆様の事業成長が、より加速することを願っております。価格についてのご相談はお気軽にプライシングスタジオまで宜しくお願い致します。
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本記事では、EVC Analysisとはそもそも何なのか、どうやって実施するのかについて解説していきたいと思います。
EVC(Economic Value to the Customer)とは
EVCとは、Economic Value to the Customerの略称で、競合商品にはない要素を持つ商品に対し、その要素の価値を勘案した上で、販売する商品の価格決めをするための指標を指します。価格付けの際には、EVCから数%割り引いた値を販売価格とします。
そのため、競合商品にはない要素を持つ商品に対し、有効な値付けの手法となります。
EVCを求める方法は二つあります。
EVCを求める方法①
方法①では、価格付けの際に参照にする競合商品(以下、参照商品)の価格に、販売しようとしている商品(以下、販売商品)の参照商品に対する追加的な価値を足すことでEVCを求めていきます。
プロセスは以下の4つです。
Step 1 付加価値の認識
参照商品にはない販売商品の要素のうち、顧客が長所あるいは短所だと認識する要素を列挙していきます。参照商品を使用する場合にはかかっていたコストを削減する要素、あるいはかかっていなかったコストがかかるようにする要素を列挙する方法もあります。
Step 2 付加価値の価格付け
Step 1で認識した要素について金銭的な価値を割り当て、その総和をTAV(total additional value)とします。
例: 現在販売しようとしている自動車の燃費は参照商品よりもよく(Step1で認識した付加価値)、その価値に割り当てる金銭的な価値は50万円だと見込んでいる。また、販売商品には参照商品にはない事故を防止する機能があり、その価値に割り当てる価値は30万円だと見込んでいる。この場合、TAVは80万円になる。
Step 3 EVCの算出
参照価格とTAVの総和をとってEVCを算出します。これが顧客が払える最大の価格になります。
例:TAVが80万円、参照商品の価格が300万円である時、EVCは380万円になる。
Step 4 販売価格の決定
TAVのある割合を割り引いて販売価格を決定します。この割引は、既存商品から販売商品に乗り換える際に顧客が認識するリスクを勘案したものになります。
例:今TAV80万円のうち30%を割引くとする。この場合、EVC(=380万円)からTAVの30%(80万円×30%=24万円)を差し引いた金額(=356万円)を販売価格とする。
整理すると以下の通りです。
参考までに、計算式もご紹介します。方法①の繰り返しになりますので、お急ぎの方は、方法②へお進みください。
EVCを求める方法②
方法①の場合、EVCは参照価格に合計追加価値を足したものと定義されますが、参照商品を利用する上でかかるトータルコストから販売商品を利用する上でかかる価格以外のコストを引き、参照商品に対する販売商品の利点を足して求める方法もあります。ただし、この方法で求まるEVCは、方法①のものと同じです。以下ではこの方法を説明します。
どれだけ割り引くべきか
EVCによって製品の価格を決定する方法を説明しましたが、実はEVCからどれだけ割引くかを考えることが非常に難易度が高いです。実際、筆者も、EVCはできたけど、価格は決められなかったというご相談を受けてます。
そもそも割引をする理由は、顧客が既に使っている製品から乗り換えるのをリスクに感じるため、その分を割り引いて埋め合わせをするためです。つまり、顧客が製品を信頼していればしているほど割引は少なくて済みますし、顧客が製品を信頼しているほど値段を変化させても販売量は減りにくくなります(=価格感度が低い)。この顧客の価格感度は、EVCで求めることができません。
そういった背景もあり、EVC Analysisは最終的にはアート的なプライシング決定手法といえるでしょう。
そこで本記事では、顧客の価格感度の高さの基準になる心理学的な指標を紹介します。
心理学的な指標
- ブランド性
製品にブランド性があれば、価格が高くても顧客はプレミア価格なのだと認識するため、より高い価格で販売することができます。 例えば、ナイキは他のスポーツシューズよりも高い値段で販売することができます。
- 競合商品の数
顧客が認識できる競合商品が多ければ多いほど、商品どうしの価格を比較してどの商品を購入するか決定できるため、顧客の価格感度は高まります。裏返せば、顧客に競合商品との価格比較すをさせないようにできれば、より高い価格で販売することができます。例えば、一つの商品のみを提示して、今だけなら安く購入できると宣伝すれば、競合製品と値段を比較することを妨げられます。
- 複雑性
競合製品との比較が可能な場合、商品の機能を難しく説明することで、競合製品との値段の違いがどのような機能に反映されているかわかりにくくし、競合商品との単純な比較がしにくくなります。また、説明の際も他の商品の説明と違う用語を使うことでも単純な比較がしにくくなります。
- 顧客のモチベーション
顧客が商品を購入するモチベーションが高いほど、顧客の価格感度は低く、より高い価格で販売することができます。
- 購入環境
商品の購入環境(ショッピングセンターやサイト)の質が高ければ高いほど、また、顧客サービスの質が高いほど、顧客の価格感度は低くなります。
- 価格表示
価格表示を小さくすることによって、顧客の価格感度は低くなります。また、体験版を使用することができることによっても、高い価格を提示した時の顧客の価格感度の高まりを抑制することができます。
- コスト総額との関係
顧客が製品を他の商品と同時に購入するとき、同じ価格であっても同時に購入する商品の価格が高ければ高いほど、顧客の価格感度は低くなります。例えば、旅行中は観光施設の入場料が高くてもそれほど高く感じません。
- リスクの高さ
保険に加入していたり製品保証があったりする場合の方が、顧客の価格感度は低くなります。
- 高品質への期待
弁護士費用やホテル料金など、価格が高いほどその製品(サービス)の質が高いだろうと思うような場合、顧客の価格感度は低くなります。
<本記事の参考文献>
“Principles of Pricing: An Analytical Approach”
“Value-Based Strategies for Industrial Products”
まとめ
本記事では、EVC Analysisを活用したプライシングの決定手法について解説しました。EVCは、容易に「顧客が払える最大の価格」を特定することができる一方で、そこからいくら値引きすればいいのかを理解するのが難しいのが特徴です。
そういった弱点も考慮し、自社に適したプライシングの決定手法を選択することが求められるでしょう。
プライシングによって皆様の事業成長が、より加速することを願っております。価格についてのご相談はお気軽にプライシングスタジオまで宜しくお願い致します。
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